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新年 明けまして おめでとうございます。

旧年中は大変お世話になり、ありがとうございました。
本年も皆様に愛される、ほんもの中の本物のお酒を目指して参りますので、
何卒宜しくお願い申上げます。


蔵のお正月・・・醪(モロミ)はわが子!
当蔵の創業は元禄2年(1689年)。日本有数の豪雪地帯「かまくら」で知られる秋田県横手盆地にあり、酒の仕込期には、蔵全体がすっぽりと雪に埋もれる、まさに天然の「雪蔵」である。
思いもかけぬ父の急逝で、二六年間のサラリーマン生活にピリオドを打ち、この蔵を引き継ぎ蔵元となって早や9年目の正月を迎えた。
酒蔵に生まれた私にとって、正月と言えば、厳粛ながらも賑やかだった幼少の頃が何とも懐かしい。 当時、秋田の蔵にしては珍しく、南部杜氏の蔵人たちが厳寒の百五十日弱を妻子と別れ、 蔵に住込みで働いていた。
酒屋万流と言われ、蔵そのものが持っている菌や水、また杜氏・蔵人の腕によって、 たとえ同じ米、同じ酵母を使っていても、 蔵が違えば、二つと同じ酒には仕上がらない。そうした造り酒屋にあって、 いくつかの共通点を挙げるとすれば、それは酒造りの神様「松尾様」(京都松尾大社の大山咋神)と 今を築いた代々のご先祖様、 そして節々の行事を大切にしている点であろう。とりわけ当蔵の元旦は 「良い酒を造るためには自分を清め、磨かねばならぬ」といって、 水垢離を日課としていた先代に倣って、 蔵人共々子供たちも井戸端で水垢離をさせられ、余りの冷たさに皆ちぢみあがったものだ。
しかし気合を込めて水をかぶれば、身体は上気し、自然と気持ちは改まり、新しい年を迎えた事が実感される。 蔵内の「松尾様」に餅とお神酒を供え、 仏壇に手を合わせて今年の良酒と家内安全を祈願する。 全員でお屠蘇を頂いた後は、母と賄さんが夜通しかけて作ったおせちと香り豊かな搾りたての新酒が供され、 蔵人は「蔵ごもり」の緊張感から一気に開放される。
余興の皮切りは決まって杜氏の「かい(櫂)入り唄」だった。

ハア さんさ酒屋のーヤエ 始まるときはノーヤエ  へらもしゃくしもヤエ 手につかぬヨー
時代は移り、五十年勤めあげた南部の前杜氏から13年前に、地元秋田の山内出身の現高橋杜氏に引き継がれた。蔵人も全員社員と地元出身となり、皆自宅から通える距離となった。
しかし「和醸良酒」を旨とする当蔵は相変わらず寝食を共にする『蔵人家族』を頑なに続けている。
けれども、さすがに元旦だけは杜氏を除いて皆家族の元へ帰るため、昔のような賑やかさはなくなってしまった。

仕込中の醪は杜氏にとっても、私にとっても、わが子同然。残った二人で蔵を守り、正月三ヶ日皆が揃うのを待つ。4日目から蔵は大車輪、ほんのひと時の静寂だ。
戸外では雪が音もなくしんしんと降り積もり、何もかも凍りつく朝方、静まり返った酒蔵の中で、ぷつぷつという子供達の息吹を確認した後、「松尾様」にお参りし、二人だけの静かなお正月を迎える。

酒造りの道に入った今、私にとっての本当の正月は杜氏の気持ち同様、3月下旬に迎える、全ての醪を搾り終える「皆造」(かいぞう)の日になってしまった。
山にまだ雪が残る中、その雪を払いのけるように、黄色の可憐な花をつける「まんさくの花」。厳しい冬に耐え、春の到来を告げて「先んず咲く花」だから「まんさくの花」と呼ばれる。

ハア 宵にモトするーヤエ  夜中にふかすノーヤエ   朝に夜明けにヤエ  酒造るヨー

「皆造」の日、宴で歌う蔵人の唄に、昔の正月が鮮やかに蘇る。

(「仏教の生活」2007新年号寄稿)